【よくある】デリーで初日に走って逃げた件 後編

インド

こんにちは。Pino研です。

今回は、デリーでタクシーに騙された件の後編です。現代では同じ事があるかわかりませんが、是非旅好きの皆さんの助けとなればと思いまして書きました。

 

スポンサーリンク

前回のあらすじ

インドについてタクシーカウンターでタクシーを頼んでタクシーに乗ったら問答無用でツーリストオフィスにつれていかれて宿代100ドルねと言われても総額150ドルしか持ってきてないんですがという話。

 

困りつつも、部屋を見渡したら…

はい、超絶困っています。なにせ、手持ちの資金のほとんどを要求されているわけです。困って困って、どうしたらいいか全くわかりませんでした。本気で困ったなーと思い、どうしようどうしようと思って部屋をぐるっと見回したら…出口のドアがあいていました。5秒ほど考えて、心を決めました。「わかった、サインするから、パスポート番号を書くためにパスポートをくれないか?」と言い、一旦パスポートを返してもらいました。そして、パスポート番号を宿帳に書くふりをして….ドアに突進し、全力で逃げました。息が切れるまでとにかく走って走って、ふと後ろを見たら誰も追ってきてはいませんでした。助かった…。

 

次の課題。Where am I?

走って逃げたはいいものの、一体ここはどこなんでしょう?落ち着いてうろうろしましたが、もう夜なので本当に全くわかりません。道にはインドの方が不思議そうに眺めています。少し歩くと、本屋がありました。本屋なら店員さんもいるし、道を聞くのも安全だろうと思い、入って話してみました。店主らしきおっさんに事情を説明すると、リキシャ(いわゆる人力車)で10分ぐらいだよとの事。店主らしきおっさん、ありがとう。しかも、リキシャを停めてくれました。パパールガンジまでお願いすると、リキシャの年老いた漕ぎ手が、ゆっくりと、思ったよりスムーズにリキシャを発進させました。基本は座りながら、時には立ち漕ぎになって、どことも知れぬ異国の夜を進んでいきます。左右に流れる景色は、暗闇が続き、ときに電灯の光が土と埃とゴミにまみれた路面を照らしていました。そして、その横を車が通り過ぎていきました。

やせ細った漕ぎ手の背中と通り過ぎる景色を見ながら、今、自分は本当にインドにいるんだなぁと、今更ながら感じました。

 

遂に到着なのだが…

そして、遂にパパールガンジに着きました。ワタクシ、バンコクのカオサン通りみたいなものを想像していたので、着けばホテルの看板があちこちにあって、空いているベッドを探せばいいだろうと思っていました(※基本、予約なんてしない旅です)。しかし、パパールガンジは違いました。普通の町といえば町なので、ホテルの看板なんて見当たりません。というか、夜も9時半~10時頃なので看板が暗くて見えないのだと思います。

リクシャの漕ぎ手に運賃を渡そうと、財布から100ルピーを出しておつりを貰おうとしました(運賃は忘れてしまいました。8~15ルピーくらいだった気もします)。そうしたら、漕ぎ手がジェスチャーをしました。「そんな高額紙幣に出せるおつりは無い」と。漕ぎ手は英語は話せませんが、首を横に振り続けるのでおつりが無いのは明白でした。どうしよう?どうしよう?ふと回りを見ると、1件の食堂がありました。渡りに船と、そこでミネラルウォーターを買って、少額紙幣を確保し、運賃を漕ぎ手に渡しました。そして漕ぎ手はリキシャと共に闇に消えていきました。

 

一生忘れない場所

だだし、ホテルが見当たらない問題は解決されていません。回りを見ても、ホテルの看板はなく、その割になかなか賑やかです。これはまたしても困ったぞと思っていると、先程の食堂に、日本人の男性二人が食事をしていました。…天恵。ワタクシは、事情を話し、どこでもいいのでホテルを教えてもらいたいと言いました。そうしたら、その日本人男性のうち一人が、「俺の部屋ツインだから、今夜だけ泊まっていけば。明日改めて部屋をとればいいさ」と提案してくれました。ありがとうございます!今でも忘れられない瞬間です。正に天恵。そして、そのままその食堂で食事をし、一緒にホテルまで歩いていきました。そのホテルはパパールガンジのメインストリートから横に入って少しあるいたところにありました。申し出どおり、ワタクシはベッドを一つ借りて、安心して翌朝を迎える事ができました。

 

以上が、インド初日に起こった事です。

 

翌朝、ホテルの前にはチャイ屋がいて、他の旅行者と一緒にチャイを飲みました。そして、改めてインド横断の勇気が湧いてきました。

これからインドに行く皆さん、リスクが一つ減っていると思うので、楽しく旅してきてください。

おまけ

ちなみに、そのホテルというのがHotel Navarangです。出張中の自由行動で訪れてみました。昔は日本人や欧米人の姿が多かったのですが、後の経済成長に伴い韓国の若者が多く泊まったのでしょう。韓国語が壁にあふれていました。

そして、カフェというのがGolden cafeです。現在は営業していないらしいとネットで知りましたが実際はどうなのでしょう?ここも、2012年の出張時に再訪問しました。そのうち、詳しく書こうと思っています。


よろしければ応援クリックお願いします。ブログ更新の励みになります。
にほんブログ村 旅行ブログ 海外旅行へ







コメント

タイトルとURLをコピーしました